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2006年07月26日

EMにのめり込んだ理由

自分がEMを知ったのは平成13年にEMぼかし造りを障害者施設に広めることによって自立の機会を高めことを趣旨としたEMぼかしネットワークに当時の次長が出席し、次長が生ごみ処理(施設の生ごみ処理に苦労していた経過があります。)に利用できないかということで取組んでいたことがあります。当時の自分は非科学的なことは自分が取組み検証しないとまた科学的に証明できないと信じないこともあり、ばかなことをやっているなと心では思っていました。(口に出したらいけません。世の常識)
ところが、13年に食品衛生管理者の資格者がいなくなり園で誰か取得しなくてはならない状況になり、当時、担当係であった自分が取得しなくてはならないことになり東京へ48日間受講することになりました。そこで細菌学を学び有用菌の利用に興味を持つことになります。日大の助教授だと思いますが、講義の中では食中毒がらみ内容が中心になりますが時々、ヤクルトが何故一部企業になれたか等、雑談の中に出てくるのです。自分としては不思議でなりませんでした。今まで常識とされていることを否定するような内容なのです。今思うにはこの助教授は現在の細菌学に否定的な見解を持っていたのかもしれませんね。思い立ったらすぐに行動するのが自分で講義が終われば全て自分の時間、有用菌関連の本を探し読みあさり、また、インターネットで検索・・・の毎日を過ごしました。そしたらEMに当たってしまったということなのです。何か宗教くさく不気味な気もしましたが技術は公開されていて金もかからない(自家生産すれば)となればやってみるしかないでしょう。

クイズです。(正解でも景品はありません。)
手洗いの方法として、①最初に水で洗い流した後に石鹸をつけて洗った場合と②最初から石鹸をつけて洗った場合では手に残る細菌数はどちらが多いでしょうか?

世の常識では①方法の方が最初に水で洗い流した分、細菌数は少なくなるはずですが、実際は②の方が少なくなります。何故でしょか、皆さん考えてみて下さい。

これは細菌学の実習時に各グループが実験した結果ですので間違いはないと思います。理由は最初に水で洗い流すと手の毛穴に住んでいる皮膚を守っている菌が毛穴から出てくるので菌数としては多くなるのです。細菌学ではこの菌も培養時には一般雑菌として不潔とか菌管理ができないと評価されます。(この実験を指示した助教授はこのような実験させて何を示したかったのでしょう?)

結論です。保険所がきたら②の方法で手洗いをしましょう。

2006年07月25日

最初です。

このネットショップ責任者の孝治は観てくれが悪く話しべたのうえ誤字脱字はあたりまえの男なのです。それなのにブログを書けとみんなから責められしかなく書くことになりました。何かブログはSEO的(検索エンジン最適化)に有効なので何でもよいから書けということなので、安心生産農園と謳っている以上は食の安全を中心に書いていこう思っています。ただ興味の範囲は広いので食の安全以外の事も時々書かせて下さい。
安心生産農園では有機に拘った農産物を提供しようと日々奮闘中ですが、有機という言葉が何かピントきません。何か違和感を感じているのです。一般の方にはわかりやす言葉なので自分も説明時には使うのですが、本当に有機という言葉で安心生産農園の趣旨が伝わっているのか心配です。
それでは有機てどういう意味が最初のテーマです。ネットで検索してみると(インターネットが生活の一部になってからは辞書を引くことはなくなりました。良いことなのかな思う今日この頃です。)次のような結果が返ってきました。

有機 【ゆうき】
(1)生命をもち、生活機能や生活力を備えていること。
(2)生物体のように、全体を構成している各部分が、互いに密接な統一と関連をもっていること。
(3)「有機化学」「有機化合物」「有機物」の略。

有機農産物【ゆうきのうさんぶつ】
有機と表示できる農産物。コーデックス委員会の国際規格取り決めに伴い,1999 年(平成 11),改正 JAS 法で定められた。農薬と化学肥料を 3 年以上使用していない農地で栽培され,第三者の認証を受けた農産物のみが表示できる。遺伝子組み換え作物や放射線照射を行ったものは栽培方法によらず有機と認めない。加工品に有機と表示する場合,原材料の 95%以上有機農産物の使用が必要

自分は有機化合物にあるように何か科学物質を連想してしまうのです。安全だというイメージが湧かないですが、皆さんはどうでしょうか?有機は生命を形作るものを表しているので言葉の意味としては適切なのでしょうが・・・
それではどのような言葉が適切なのかと考えると自分は自然ではないかなと思います。
植物や動物は人の手を借りなくても成長し次に子孫を残すという行為を何百万年を繰替えしてきたはずです。それを人間に都合のよいように改良してのが農産物や家畜家禽なのですが、もともと何百万年も継続・継承してきた自然の力は偉大だと思いませんか。人間が手間隙かけてやらないと育たないのではなく、自然の仕組みがわかればそれに少しだけ手助けしてやればいいのではないかと思っているのです。
理想かもしれませんが、現在、取り組んでいるEM技術にはその可能性があるのです。
次回は自分達が検証してきたことを説明します。