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2007年03月19日

食育とは

安部総理の公約に教育改革があり、美しい日本の再生を図るための施策の一つで盛んに国会で論議されその中で食育も脚光を浴びるようになりました。戦後教育の否積みから食育の重要性が社会的に認識されるようになったのですが、皆さんはどのように考えますか?
国は食育白書を作成し食育基本法を施行する予定だそうで食育白書を読むともっともらしいことが書いてありますが、的を得ていない感じがして何か一言で表現できないのかと思っていたら日下さんのホームページに書いてあったのです。

ほかにも各論はいろいろある。例えば給食について。給食を親が希望しているのがおかしい。子どもが一番ありがたがるのは、親が弁当を作ってくれることだ。

 子どもは動物みたいなものだから、食事の世話をきちんとすれば、言うことを聞くようになる。食事の世話をしないで言うことを聞かせようというのは難しい。

 以前にこのコラムでも触れたが、東大受験のために子どもに勉強をさせたいが、全然勉強してくれないという相談を、ある母親から受けたことがある。「親としては何をすればいいのでしょうか」と聞かれたので、わたしは「親のすることは、メシを食わせることが第一で、それで終わりです」と答えた。

 その母親は半信半疑だったが、ともかくご飯を作って子どもに食べさせるようになった。すると子どもは勉強するようになり、東大ではなかったけれど、慶應大学に入ることができた。

 母親の仕事は食事を作ること。わたしはそう信じている。だから、母親は学校へ行って給食を作りなさい。当番で順番に学校に行きなさい。それが一番いい教育だと思っている。子どもの生き甲斐は、早く大きくなって親に楽をさせようと思うことだと、これは昔からそう決まっている。

これだけ読むと女性への偏見や男性中心主義みたいにとられかねない文章ですが、食育を説明するのには的を得ているとおもいませんか?食育とは動物が基本的行動として餌を与える行為そのものではないのでしょうか?動物は最初に餌を与えてもらったものを親と認識するそうで、その基本的なことが社会の発達とともになをざりにされてきたことが教育問題の根底にあるような気がするのです。
子供がまだ小さいころに自分はそれなりに子供の面倒もそれなりに見たし父親としてもそれなりの事はしたと思っていますが、いまだに父親より母親への信頼の方が厚いようです。それはもしかしたら食事の世話をしてなかったからなのかと思っています。
育児をしている父親に助言です、同じ育児をするなら食事の世話をしたほうがいいですよ。

2007年03月11日

生ごみは宝物

自然の力は環境を浄化しよりよい環境を造りだす仕組みを持っています。その力が働きやすくなるよう人間が手助けをしてやれば現在の常識では考えられない力を示します。と本に書いてありました。
これを体験するには生ゴミ処理が一番手っ取り早いです!!
たとえば、EM技術を利用した生ごみ処理では通常であれば一年以上かかる処理をEMを使うことにより一ヶ月程度で分解することができます。本当か?と疑う方もいますし堆肥の知識がなく驚いてくれない方もいます。(それはうちの妻なのですが)
平成13年からEMの実証に取り組み生ゴミ処理、ぼかし造り、活性液造り等に挑戦しました。最初はテキストに書いてあるとおりに実践したのですが、どれが成功でどれが失敗かがわからなく半信半疑の状態でしたが、生ゴミ処理は明確な結果がでました。通常の堆肥造りでは考えられないことを体験でき、それからは応用の世界へ・・・ いろいろなことを実践してみました。
ここで通常の堆肥造りについて説明します。通常の堆肥造りでは腐敗菌を使い腐敗させ土に戻します。そのため時間はかかるし腐敗臭はするし、腐敗菌自体は空気がないと働かないため切返し等の手間隙がかかり重労働なんです。腐敗菌を利用して堆肥を作るということは腐敗菌に生ゴミを酸化させているので、生ゴミを燃やしていることと同じでそのため熱は発生するし二酸化炭素は発生するし悪臭はするし今で言う環境汚染を行っていると同じなのです。そんな重労働をしなくてもEM技術を利用して生ゴミ処理をすればあら簡単に堆肥化することが可能なのに多くの自治体では予算をかけ手間隙をかけて生ゴミを処理している実態を知れば知るほど生ゴミ処理も資本主義の論理が働いているのかと思ってしまいます。そしてEMで生ゴミを処理するようになってからは家庭からでる生ゴミはなくなりました。畑を持っていることもあり生ゴミ以外の有機物(草刈した草等)も全てEM処理して畑へということになり、それ以来は生ゴミを見ると勿体無いと思うようになってしまったのです。

2007年03月08日

昔の野菜

私は古い人間です。昭和31年生まれの50歳で家が農家であったせいで昔の野菜の味も知っています。
完熟のトマトの味や、旬の取れたて野菜の味です。親に3・4歳でものもよくわからない時期にお前は畑で一番熟した大きなトマトをもいできたと言われますが、子供心にも美味しいもの見分けることはできたという証明でしょうか?
その私が親になり子供たちに野菜を食べなさい健康にいいからと素直に言えないのです。妻は子供に毎日のように同様なことを言いつづけていましたが自分は何かそのような気がしませんでした。何故かと言うと今の野菜は美味しくないからで、見た目は同じ野菜でも昔に食べた野菜の味ではないのからです。
そして自分が有機野菜を作ることになり、その疑問がとけなのです。今の野菜はやはり美味しくないのです。大人は健康番組等を見て知識として野菜をとらなければ健康になれないと思いこんでいますが、子供は素直に美味しくないものは美味しくないと感じてしまうのではないでしょうか?素直なことは良いことですが、素直なせいで野菜嫌いになった子供を持つ親にとっては難問を抱えたことになり子供を脅迫しても野菜を食べさせなくてはならない現実があります。当然、うちも同様で子供は大きくなるに従い野菜を取らないと不健康になると刷り込まれ嫌でも食べているみたいです。