食育とは
安部総理の公約に教育改革があり、美しい日本の再生を図るための施策の一つで盛んに国会で論議されその中で食育も脚光を浴びるようになりました。戦後教育の否積みから食育の重要性が社会的に認識されるようになったのですが、皆さんはどのように考えますか?
国は食育白書を作成し食育基本法を施行する予定だそうで食育白書を読むともっともらしいことが書いてありますが、的を得ていない感じがして何か一言で表現できないのかと思っていたら日下さんのホームページに書いてあったのです。
ほかにも各論はいろいろある。例えば給食について。給食を親が希望しているのがおかしい。子どもが一番ありがたがるのは、親が弁当を作ってくれることだ。
子どもは動物みたいなものだから、食事の世話をきちんとすれば、言うことを聞くようになる。食事の世話をしないで言うことを聞かせようというのは難しい。
以前にこのコラムでも触れたが、東大受験のために子どもに勉強をさせたいが、全然勉強してくれないという相談を、ある母親から受けたことがある。「親としては何をすればいいのでしょうか」と聞かれたので、わたしは「親のすることは、メシを食わせることが第一で、それで終わりです」と答えた。
その母親は半信半疑だったが、ともかくご飯を作って子どもに食べさせるようになった。すると子どもは勉強するようになり、東大ではなかったけれど、慶應大学に入ることができた。
母親の仕事は食事を作ること。わたしはそう信じている。だから、母親は学校へ行って給食を作りなさい。当番で順番に学校に行きなさい。それが一番いい教育だと思っている。子どもの生き甲斐は、早く大きくなって親に楽をさせようと思うことだと、これは昔からそう決まっている。
これだけ読むと女性への偏見や男性中心主義みたいにとられかねない文章ですが、食育を説明するのには的を得ているとおもいませんか?食育とは動物が基本的行動として餌を与える行為そのものではないのでしょうか?動物は最初に餌を与えてもらったものを親と認識するそうで、その基本的なことが社会の発達とともになをざりにされてきたことが教育問題の根底にあるような気がするのです。
子供がまだ小さいころに自分はそれなりに子供の面倒もそれなりに見たし父親としてもそれなりの事はしたと思っていますが、いまだに父親より母親への信頼の方が厚いようです。それはもしかしたら食事の世話をしてなかったからなのかと思っています。
育児をしている父親に助言です、同じ育児をするなら食事の世話をしたほうがいいですよ。