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2008年10月19日

中国野菜の怖さ①

食の安全に関して中国が世界的に批判の的になっています。皆さんもご存知だと思いますが、アメリカで販売されていたペットフードの中に栄養素を偽装するために添加していたがペットの死亡にまで到り問題化したのが発端です。それから出るわ出るわオンパレードですね。ネットを中心に情報をしいれている人達には以前から問題視していたことで日本のマスコミが報道していなかっただけなのです。原因の一つはモラルの低下と言っていますが、共産主義下での拝金主義が一番の問題で、金儲けのためなら何をしてもいいという社会風潮が蔓延しているのではないのかなと思っていますが、皆さんはどう思いますか?
この問題は日本にも無関係ではないのが怖いところなんです。中国野菜が農薬問題でスーパー等の小売店から消えたのがたしか2~3年前でなかったか思います。この時の輸入量が34万トンで現在は54万トンと増えているのです。それではその中国野菜はどこに行ったのか?だいたい創造がつくと思いますが、加工・外食用に流れているそうです。加工の場合はJAS表示規格で原料の半分を超えない限り表示の義務はありません。外食産業でも使用している野菜は中国野菜ですと表示しているところはありません。つまり私達は知らない内に中国野菜を食べていることになるのです。
そしてもう一つの怖さが中国の環境汚染問題で汚染状況はネット上に配信されている現状から日本の高度成長期と同様等と評論している評論家がいますが、問題は全く同様に考えられないのでないのでしょう。日本は法治国家、中国は共産主義で人治国家であって当時の日本みたく早急に環境問題が解決するとは思えません。
環境汚染により環境が重金属に汚染されそこで栽培された野菜は重金属を吸収し、それが日本に輸入される。農薬は基準量が規定されているので検査の対象になりますが、重金属は検査対象ではないので実態は闇の中です。
自由貿易の時代に入り食料自給率が39%に落ち込んだ日本ではしかたがないと言う評論家もいますが問題は消費者が選択できない状況というのが大問題ではないのでしょうか。
毒ギョウザ問題で一時期、中国野菜の輸入量は減少したそうですが、現在は元に戻ったそうです。今回の毒インゲン問題ではどうなると思いますか?

2007年03月19日

食育とは

安部総理の公約に教育改革があり、美しい日本の再生を図るための施策の一つで盛んに国会で論議されその中で食育も脚光を浴びるようになりました。戦後教育の否積みから食育の重要性が社会的に認識されるようになったのですが、皆さんはどのように考えますか?
国は食育白書を作成し食育基本法を施行する予定だそうで食育白書を読むともっともらしいことが書いてありますが、的を得ていない感じがして何か一言で表現できないのかと思っていたら日下さんのホームページに書いてあったのです。

ほかにも各論はいろいろある。例えば給食について。給食を親が希望しているのがおかしい。子どもが一番ありがたがるのは、親が弁当を作ってくれることだ。

 子どもは動物みたいなものだから、食事の世話をきちんとすれば、言うことを聞くようになる。食事の世話をしないで言うことを聞かせようというのは難しい。

 以前にこのコラムでも触れたが、東大受験のために子どもに勉強をさせたいが、全然勉強してくれないという相談を、ある母親から受けたことがある。「親としては何をすればいいのでしょうか」と聞かれたので、わたしは「親のすることは、メシを食わせることが第一で、それで終わりです」と答えた。

 その母親は半信半疑だったが、ともかくご飯を作って子どもに食べさせるようになった。すると子どもは勉強するようになり、東大ではなかったけれど、慶應大学に入ることができた。

 母親の仕事は食事を作ること。わたしはそう信じている。だから、母親は学校へ行って給食を作りなさい。当番で順番に学校に行きなさい。それが一番いい教育だと思っている。子どもの生き甲斐は、早く大きくなって親に楽をさせようと思うことだと、これは昔からそう決まっている。

これだけ読むと女性への偏見や男性中心主義みたいにとられかねない文章ですが、食育を説明するのには的を得ているとおもいませんか?食育とは動物が基本的行動として餌を与える行為そのものではないのでしょうか?動物は最初に餌を与えてもらったものを親と認識するそうで、その基本的なことが社会の発達とともになをざりにされてきたことが教育問題の根底にあるような気がするのです。
子供がまだ小さいころに自分はそれなりに子供の面倒もそれなりに見たし父親としてもそれなりの事はしたと思っていますが、いまだに父親より母親への信頼の方が厚いようです。それはもしかしたら食事の世話をしてなかったからなのかと思っています。
育児をしている父親に助言です、同じ育児をするなら食事の世話をしたほうがいいですよ。

2007年03月11日

生ごみは宝物

自然の力は環境を浄化しよりよい環境を造りだす仕組みを持っています。その力が働きやすくなるよう人間が手助けをしてやれば現在の常識では考えられない力を示します。と本に書いてありました。
これを体験するには生ゴミ処理が一番手っ取り早いです!!
たとえば、EM技術を利用した生ごみ処理では通常であれば一年以上かかる処理をEMを使うことにより一ヶ月程度で分解することができます。本当か?と疑う方もいますし堆肥の知識がなく驚いてくれない方もいます。(それはうちの妻なのですが)
平成13年からEMの実証に取り組み生ゴミ処理、ぼかし造り、活性液造り等に挑戦しました。最初はテキストに書いてあるとおりに実践したのですが、どれが成功でどれが失敗かがわからなく半信半疑の状態でしたが、生ゴミ処理は明確な結果がでました。通常の堆肥造りでは考えられないことを体験でき、それからは応用の世界へ・・・ いろいろなことを実践してみました。
ここで通常の堆肥造りについて説明します。通常の堆肥造りでは腐敗菌を使い腐敗させ土に戻します。そのため時間はかかるし腐敗臭はするし、腐敗菌自体は空気がないと働かないため切返し等の手間隙がかかり重労働なんです。腐敗菌を利用して堆肥を作るということは腐敗菌に生ゴミを酸化させているので、生ゴミを燃やしていることと同じでそのため熱は発生するし二酸化炭素は発生するし悪臭はするし今で言う環境汚染を行っていると同じなのです。そんな重労働をしなくてもEM技術を利用して生ゴミ処理をすればあら簡単に堆肥化することが可能なのに多くの自治体では予算をかけ手間隙をかけて生ゴミを処理している実態を知れば知るほど生ゴミ処理も資本主義の論理が働いているのかと思ってしまいます。そしてEMで生ゴミを処理するようになってからは家庭からでる生ゴミはなくなりました。畑を持っていることもあり生ゴミ以外の有機物(草刈した草等)も全てEM処理して畑へということになり、それ以来は生ゴミを見ると勿体無いと思うようになってしまったのです。

2007年03月08日

昔の野菜

私は古い人間です。昭和31年生まれの50歳で家が農家であったせいで昔の野菜の味も知っています。
完熟のトマトの味や、旬の取れたて野菜の味です。親に3・4歳でものもよくわからない時期にお前は畑で一番熟した大きなトマトをもいできたと言われますが、子供心にも美味しいもの見分けることはできたという証明でしょうか?
その私が親になり子供たちに野菜を食べなさい健康にいいからと素直に言えないのです。妻は子供に毎日のように同様なことを言いつづけていましたが自分は何かそのような気がしませんでした。何故かと言うと今の野菜は美味しくないからで、見た目は同じ野菜でも昔に食べた野菜の味ではないのからです。
そして自分が有機野菜を作ることになり、その疑問がとけなのです。今の野菜はやはり美味しくないのです。大人は健康番組等を見て知識として野菜をとらなければ健康になれないと思いこんでいますが、子供は素直に美味しくないものは美味しくないと感じてしまうのではないでしょうか?素直なことは良いことですが、素直なせいで野菜嫌いになった子供を持つ親にとっては難問を抱えたことになり子供を脅迫しても野菜を食べさせなくてはならない現実があります。当然、うちも同様で子供は大きくなるに従い野菜を取らないと不健康になると刷り込まれ嫌でも食べているみたいです。

2006年07月26日

EMにのめり込んだ理由

自分がEMを知ったのは平成13年にEMぼかし造りを障害者施設に広めることによって自立の機会を高めことを趣旨としたEMぼかしネットワークに当時の次長が出席し、次長が生ごみ処理(施設の生ごみ処理に苦労していた経過があります。)に利用できないかということで取組んでいたことがあります。当時の自分は非科学的なことは自分が取組み検証しないとまた科学的に証明できないと信じないこともあり、ばかなことをやっているなと心では思っていました。(口に出したらいけません。世の常識)
ところが、13年に食品衛生管理者の資格者がいなくなり園で誰か取得しなくてはならない状況になり、当時、担当係であった自分が取得しなくてはならないことになり東京へ48日間受講することになりました。そこで細菌学を学び有用菌の利用に興味を持つことになります。日大の助教授だと思いますが、講義の中では食中毒がらみ内容が中心になりますが時々、ヤクルトが何故一部企業になれたか等、雑談の中に出てくるのです。自分としては不思議でなりませんでした。今まで常識とされていることを否定するような内容なのです。今思うにはこの助教授は現在の細菌学に否定的な見解を持っていたのかもしれませんね。思い立ったらすぐに行動するのが自分で講義が終われば全て自分の時間、有用菌関連の本を探し読みあさり、また、インターネットで検索・・・の毎日を過ごしました。そしたらEMに当たってしまったということなのです。何か宗教くさく不気味な気もしましたが技術は公開されていて金もかからない(自家生産すれば)となればやってみるしかないでしょう。

クイズです。(正解でも景品はありません。)
手洗いの方法として、①最初に水で洗い流した後に石鹸をつけて洗った場合と②最初から石鹸をつけて洗った場合では手に残る細菌数はどちらが多いでしょうか?

世の常識では①方法の方が最初に水で洗い流した分、細菌数は少なくなるはずですが、実際は②の方が少なくなります。何故でしょか、皆さん考えてみて下さい。

これは細菌学の実習時に各グループが実験した結果ですので間違いはないと思います。理由は最初に水で洗い流すと手の毛穴に住んでいる皮膚を守っている菌が毛穴から出てくるので菌数としては多くなるのです。細菌学ではこの菌も培養時には一般雑菌として不潔とか菌管理ができないと評価されます。(この実験を指示した助教授はこのような実験させて何を示したかったのでしょう?)

結論です。保険所がきたら②の方法で手洗いをしましょう。

2006年07月25日

最初です。

このネットショップ責任者の孝治は観てくれが悪く話しべたのうえ誤字脱字はあたりまえの男なのです。それなのにブログを書けとみんなから責められしかなく書くことになりました。何かブログはSEO的(検索エンジン最適化)に有効なので何でもよいから書けということなので、安心生産農園と謳っている以上は食の安全を中心に書いていこう思っています。ただ興味の範囲は広いので食の安全以外の事も時々書かせて下さい。
安心生産農園では有機に拘った農産物を提供しようと日々奮闘中ですが、有機という言葉が何かピントきません。何か違和感を感じているのです。一般の方にはわかりやす言葉なので自分も説明時には使うのですが、本当に有機という言葉で安心生産農園の趣旨が伝わっているのか心配です。
それでは有機てどういう意味が最初のテーマです。ネットで検索してみると(インターネットが生活の一部になってからは辞書を引くことはなくなりました。良いことなのかな思う今日この頃です。)次のような結果が返ってきました。

有機 【ゆうき】
(1)生命をもち、生活機能や生活力を備えていること。
(2)生物体のように、全体を構成している各部分が、互いに密接な統一と関連をもっていること。
(3)「有機化学」「有機化合物」「有機物」の略。

有機農産物【ゆうきのうさんぶつ】
有機と表示できる農産物。コーデックス委員会の国際規格取り決めに伴い,1999 年(平成 11),改正 JAS 法で定められた。農薬と化学肥料を 3 年以上使用していない農地で栽培され,第三者の認証を受けた農産物のみが表示できる。遺伝子組み換え作物や放射線照射を行ったものは栽培方法によらず有機と認めない。加工品に有機と表示する場合,原材料の 95%以上有機農産物の使用が必要

自分は有機化合物にあるように何か科学物質を連想してしまうのです。安全だというイメージが湧かないですが、皆さんはどうでしょうか?有機は生命を形作るものを表しているので言葉の意味としては適切なのでしょうが・・・
それではどのような言葉が適切なのかと考えると自分は自然ではないかなと思います。
植物や動物は人の手を借りなくても成長し次に子孫を残すという行為を何百万年を繰替えしてきたはずです。それを人間に都合のよいように改良してのが農産物や家畜家禽なのですが、もともと何百万年も継続・継承してきた自然の力は偉大だと思いませんか。人間が手間隙かけてやらないと育たないのではなく、自然の仕組みがわかればそれに少しだけ手助けしてやればいいのではないかと思っているのです。
理想かもしれませんが、現在、取り組んでいるEM技術にはその可能性があるのです。
次回は自分達が検証してきたことを説明します。